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東京地方裁判所 昭和42年(モ)7359号 決定

申立人 株式会社太平洋テレビ 外一名

被申立人 国 外一名

訴訟代理人 福永政彦 外三名

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一、本件申立ての趣旨は、「東京国税局長が昭和四二年三月二三日別紙第一目録の債権に対してした差押処分及び同年三月二四日別紙第二目録の債権に対してした差押処分の効力をいずれも停止する。」というのであり、その理由の要旨は左記のとおりである。

(一)  被申立人は、(イ)昭和三九年五月三〇日申立人に対し、申立人の昭和三五年九月一日から同三六年八月三一日までの事業年度分法人税について、法人税額を三、五六五万六、〇二〇円とする再更正処分及び加算税一、七六八万八、四〇〇円の賦課決定処分をし、ついで(ロ)同年六月三〇日申立人の昭和三五年四月分以降同三六年一二月分までの源泉徴収所得税として本税額及び加算税合計一、五八〇万九、〇七四円の賦課決定処分をした。しかし、右各処分はいずれも課税要件の認定を誤つた違法があるので、申立人は、所定の手続を経て、右(イ)の処分に対しては当庁昭和三九年(ワ)第二、五五四号により、(ロ)の処分に対しては当庁昭和四二年(行ウ)第六六号により各取消しの訴えを提起した。

(二)  ところが、東京国税局長は、申立人に右法人税及び源泉徴収所得税の本税及び加算税、延布税等合計七、九五二万三、五六一円の滞納金ありとして、昭和四二年三月二三日申立人の有する別紙第一目録の債権を、翌三月二四日同第二目録の申立人の債権をそれぞれ差し押えた。

(三)  申立人は、外国のテレビ映画業者の代理店として、国内テレビ放送業者に対するテレビ映画の放映権の提供に関する事務の代行を主たる業務とし、これに付随して放映料の代理受領、その保管、送金や国内放送業者の委任によるテレビ映画フイルムの通関手続の代行及び日本語版の製作等の業務を行なう会社であり、資本金二〇〇万円、現在の従業員数約一八〇名であるが、本件差押により次のような回復困難な損害をこうむることが明らかである。

すなわち、別紙第一目録の各預金債権は、申立人がそれを見返りにして預金先から手形割引等による融資を受け、その借入金を事業連営資金としていたものであるところ、本件差押のために右の手形割引等が不可能となり、しかも信用が失墜して他から金融を受ける道も閉ざされてしまつたので、従業員に対する給料の支払等が困難となつたばかりでなく、代理店契約の相手方である米国のNBOインターナシヨナル社に対してなすべき毎月の送金も昭和四二年三月以来予定どおり履行できなくなり、この送金をしないときは代理店契約を破棄する旨の警告を右NBOから受けている実状である。そして、もしそのような事態になれば、申立人の外国テレビ映画取扱いの業務は停止し、これに付随した日本語版の製作も実行不能となり、申立人が倒産することは必至である。また、別紙第二目録の債権は、申立人が株式会社日本教育テレビとの契約にもとずき、自己の費用負担で外国テレビ映画業者からのオリジナルプリントの通関手続を代行し、そのプリントの日本語版を製作して日本教育テレビに納入することにより具体的に発生するものであるが、本件差押により申立人が右債権の支払い(前払い)を受けえないことになると、費用の関係上オリジナルプリントの通関手続をすることができず、したがつてその日本語版の製作も不能となつて、すでに右日本語版の放映予定を公表しプログラムを編成している日本教育テレビに対し、莫大な損害を及ぼすこととなり、その結果申立人としては、同テレビに対し違約による多額の損害賠償責任を免れないうえ、国内放送業者間に信用を喪失し、会社として存立することができなくなる。現に本件差押以来国内各テレビ局からの日本語版製作の注文は停止し、製作スタツフ五〇名が遊休し、給料の支払いができなくなつたので、申立人は昭和四二年六月初め約一〇名の従業員を退社させたほどである。

(四)  以上を要するに、申立人は、本件差押によつて資金繰り及び営業上多大の支障を生じ、このままでは倒産という回復困難な損害をこうむることが明らかである。よつて、この損害を避けるため緊急の必要があるから、本件差押処分の効力の停止を求める

(五)  なお、別紙第一目録125の預金債権については、昭和四二年三月下旬国税徴収法六七条による取立がなされたがそれによつて直ちに右債権に対する差押処分の効力停止を求める利益が失われるものと解すべきではない。

二、本件申立てに対する被申立人の意見の要旨は左記のとおりである。

(一)  申立人は、課税処分に対する取消しの訴えを本案として、それにもとずく差押処分の効力停止を求めているが、課税処分と滞納処分はそれぞれ別個の法律効果を目的とするものであるから、課税処分のみの取消訴訟を本案として後続の滞納処分の効力停止を求めることは許されない。

(二)  別紙第一目録125の預金債権については、申立人も認めるとおり、すでに課税徴収法による取立が完了しているから、これに対する差押処分の効力停止を求める利益はない。

(三)  申立人が本件差押により回復困難な損害をこうむるとして主張することはいずれも理由がない。東京国税局長は当初別紙第一、第二目録の債権以外にも相当多額の申立人の預金債権等を差し押えたが、これらについてはすでに差押を解除済であり、また申立人には他にも取引銀行があり、一時融資を受けることもできるのであるから、これによつて申立人主張の契約上の義務を履行し、会社を運営することが十分可能である。

三、そこで本件申立について判断する。

(一)  疎明によれば、被申立人が申立人に対し、前記一の(一)(イ)(ロ)の各課税処分をし、これに対し申立人がその主張のとおり取消しの訴えを当裁判所に提起したこと、東京国税局長が右課税処分にもとづき申立人の有する別紙第一、第二目録の債権に対し申立人主張のとおり差押処分をし、うち第一目録125の預金債権については昭和四二年三月二七日頃国税徴収法によりその債権の全額を取り立て、配当手続を了したことが認められる。

右の事実によると、第一目録125の各債権に対する差押処分については、すでにその効力停止を求める目的を失つたものというべきであるから、本件申立中その部分は失当である。

(二)  次に、被申立人は、課税処分の取消しの訴えを本案として後続の滞納処分の効力を停止することはできないというが、いわゆる執行停止の内容として手続の続行の停止が明文上認められ、これによつて先行処分の取消訴訟を本案として、その処分の有効な存在を前提として進展する後続処分を事前に差し止めることが許されており、課税処分の取消しは後続の滞納処分の効力を失わせるという関係にあるから、すでに滞納処分がなされている場合には、課税処分の執行停止として、滞納処分の効力を停止することも当然許されるものと解すべきである。

(三)  よつて進んで、別紙第一目録34及び第二目録の各債権に対する差押処分について、申立人に回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるかどうかを検討するのに、申立人は右差押処分により金融上、営業上多大の支障を生じ、倒産の危機にさらされていると主張する。

疎明によれば、申立人はその主張のような事業を営む会社で、現在一五〇名位の従業員がいること、本件差押により申立人は別紙第一目録34及び第二目録の債権の取立ないし利用ができなくなつたが、それだけにとどまらず、約八、〇〇〇万円に及ぶ租税の滞納金ありとして差押処分を受けたという事実(右債権以外にも相当多額の預金債権等が差し押えられたことは後記のとおりである。)が申立人の取引銀行や営業上の取引先に知られたため、企業としての信用を全く失い、以来すべての取引銀行からは融資を拒絶され、他に金融の道もなく、また各テレビ局からの日本語版製作等の新規注文も途絶えて、現在事業経営が破綻に瀕していること、このため申立人は、毎月必要とする従業員の給料約九五〇万円その他合計約二、〇〇〇万円余の営業上の経費の支払いがきわめて困難となり、とくにテレビフイルムの輸入先である米国のNBOインターナシヨナル社との契約にもとづき同社に毎月送金すべきフイルム使用料の延滞分が約一〇万ドルに達し、同社から督促を受けていること、別紙第二目録の債権は、申立人主張のとおりの契約にもとづく日本語版製作費の支払請求権の一部であるが、この製作費は従来申立人が日本教育テレビから前払いを受けてオリジナルプリントの通関手続等の費用に使用してきたものであること、そして、もし申立人が右の送金あるいは日本語版の製作を履行しないことによつて取引の相手方から契約解除、損害賠償請求等の制裁を受けるときは、その倒産はいつそう不可避となることが一応認められる。しかしながら、更に疎明資料を検討すると、申立人は、当初前記課税処分にもとずく滞納処分として、別紙第一、第二目録の債権のほか、第一銀行に対して有する合計一、五〇〇万円余の預金債権及び日本教育テレビから受領すべき日本語版製作費一、三五〇万円(昭和四一年九月二一日付契約によるもので第二目録の債権と同種のもの)、オリジナルプリント放映使用料五、二九〇万円(昭和四一年九月一三日付契約及び同四二年三月一日付覚書にもとづき申立人が米国業者のオリジナルプリント放映権を譲渡した代金)、日本語版放送使用料一、二〇〇万円(右契約及び覚書によるもので第二目録の債権と同種のもの)、株式会社フジテレビジヨンから受領すべきパツケージ使用料二、四四五万円(昭和四〇年五月一一日付契約にもとづき申立人が外国テレビフイルムの放映権を譲渡した代金中昭和四二年三月二四日以降受領すべきもの)の各支払請求権をも同時に差し押えられたが、第一、第二目録以外の債権については、申立人らの嘆願により昭和四二年四月中に差押が解除されたこと、そして、これら差押を解除された債権のうち、第一銀行に対する預金債権は全額すでに払戻しを受けて利用できるものであり、その他の債権は、その受領した金員をそれぞれの契約に従つて申立人が日本語版の製作に使用し、あるいはフイルムの輸入先に対する送金にあてるべきものであるが、その中には申立人の取得する利益も相当額含まれているとみられること、しかるに、右一、五〇〇万円以上の資金によつてもなお申立人の前記のような金融及び営業上の窮境が好転した形跡がないこと、これに対し、別紙第一目録34及び第二目録の債権の合計額は六五〇万円余で、うち第一目録4の預金債権には東海銀行のために質権が設定されており、同3の預金債権と合わせても、これらを見返りにいかほどの融資を受けうるかは明らかでなく、また第二目録の債権は日本語版の契約本数二二本分総額一、二〇〇万円余中の一本分にすぎず、調達困難な額ではないことを認めることができる。

以上の諸般の事実を綜合すれば、本件差押を受けたことを契機として申立人が倒産に瀕していることは否定できないけれども、申立人のおかれている上記のような現況のもとにおいては、別紙第一目録34及び第二目録の債権の内容を実現することが申立人の企業の運命を左右するほどのものとは認められないのであつて、この債権に対する差押が継続することにより申立人が倒産する旨の申立人の主張は、これを肯認することができない。そして、他に右差押の継続によつて申立人が行政事件訴訟法二五条二項にいう「回復の困難な損害」をこうむると認めるべき疎明はない。

(四)  よつて、本件申立ては理由がないので、これを却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 緒方節郎 小木曾競 佐藤繁)

第一目録、第二目録〈省略〉

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